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横浜市歴史博物館「かやぶき屋根プロジェクト」
大塚・歳勝土遺跡公園 茅葺き屋根の修繕作業

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横浜市歴史博物館の隣に位置する大塚・歳勝土(さいかちど)遺跡公園には、港北ニュータウンの開発の際に発見された、今から 2,000 年ほど前の弥生時代の集落の遺跡が保存されています。中でも茅葺(かやぶ)き屋根の竪穴住居7棟と高床倉庫1棟が復元されており、その姿を間近に見ることができます。貴重な歴史的文化遺産ですが、管理する横浜市歴史博物館は茅葺き屋根の修繕作業を、なんと市民のボランティアとともに行っています。今では生活の中で身近に目にする機会がなかなかない茅葺き屋根。ましてや文化遺産である建物を市民の手で修繕するとはどのような活動なのでしょうか。月に1回の作業に参加すると、そこには先人の知恵と、市民の文化財への新しい関わり方がありました。

取材・撮影 渡辺絵梨(青葉区)


国の史跡・大塚遺跡の茅葺き屋根を直そう

前日までの厳しい残暑から打って変わって小雨のぱらついていた2021年9月25日の朝。大塚・歳勝土遺跡公園内の工房では、5名ほどが手際よく黙々と作業する姿がありました。作っているのは、公園内にある竪穴住居の茅葺き屋根の修繕に使う茅束。茅葺き屋根は自然素材でできており、放っておくとボロボロに傷んでしまいます。そのため定期的なメンテナンスが必要ですが、横浜市歴史博物館では2017年より「かやぶき屋根プロジェクト」として、職人さんの指導を受けながら博物館と市民の手で大塚遺跡内にある復元建物の修繕をしているのです。

国の史跡・大塚遺跡の茅葺き屋根を直そう
国の史跡・大塚遺跡の茅葺き屋根を直そう
「茅」とはイネ科の植物の総称。かやぶき屋根プロジェクトでは毎年12月から3月の間に静岡県の朝霧高原の茅場へ茅刈りに行き、自分たちで刈り取ったススキの茎を使っています。このススキの茎を扱いやすい大きさにまとめ、ひもでしっかりと縛って束ねます

数少ない茅葺き職人さんへ依頼するには費用もかかり頻繁には呼べないため、自分たちで修繕ができないかと始まった「かやぶき屋根プロジェクト」。まずは材料を確保するため、茅葺き職人の杉嵜靖司さんの案内のもと、2017年3月に富士山のふもとの朝霧高原茅場へ初めての茅刈りへ行きました。その後も毎年多いときには10人ほどで茅を刈りに行き、材料を確保しているそうです。

近隣に住み、プロジェクトの初期から毎月のように修繕作業に参加しているという男性は、「文化財に自分たちで手入れをしていいなんてラッキーと思って参加しています。毎年の茅刈りがとても楽しみ。鎌を使ったことはなかったけれど、ザクッという感触が気持ちいい」と話してくれました。

朝霧高原の茅場。刈り取るのは大人の背丈を大きく超えるススキです。朝霧高原で茅を刈るにはまず研修を受け、修了の証である「茅刈り人」の文字が入った帽子をもらいます(写真提供:横浜市歴史博物館)

「かやぶき屋根プロジェクト」の立ち上げメンバーであり、活動をとりまとめている横浜市歴史博物館の学芸員・橋口豊さんによると、「港北ニュータウンが開発される前の1970年代初頭までは、農村だったこのあたりにも茅場があり、持ち回りで茅を葺き直していた」そうです。

遺跡のある大塚・歳勝土公園はセンター北駅から徒歩5分ほど、都筑区の交通安全マスコット・ゴリラの「都筑まもる君」のすぐ裏手にあります。歴博通りに立ってみると、高台の上(写真右手)にあることがわかり、台地を切り開いて港北ニュータウンの開発がおこなわれたことを実感します

この日は予定外の雨。橋口さんは、せっかく来てくれたのに茅の葺き替え作業ができなくなって申し訳ないと、雨があがった後に遺跡や茅に関するレクチャーをしてくれました。大きな木に囲まれた緑あふれる公園内を歩いていると、公園を楽しむ家族連れの姿がちらほら見られます。大塚遺跡公園に始めてきた私は、茅葺き屋根の集落やススキ野原と現在の整備された港北ニュータウンの姿がなかなか結びつかずにいましたが、茅葺き屋根の点在する大塚遺跡に移動すると、その自然な姿にまるでタイムスリップしたかのようでした。

発掘された建物跡の上に復元された竪穴住居群。中に入ることもできます。集落の様子がわかりやすく、自然と太古の昔に思いをはせてしまいます。復元遺跡は実際に人が住んでいないため、屋根の茅は一般民家のものと比べて傷みが早いそう

ここ大塚遺跡では約2,000年前の建物の柱と壁の跡が出土し、その時期は横浜で米づくりが始まった頃にあたること、茅は雨風や紫外線で劣化し虫が食べると土になってしまうこと、屋根に乗った落ち葉を払うだけでも長持ちすること。説明を聞きながら、橋口さんが何度も口にしていた「ただ作業するだけの活動にはしたくない。茅の文化や昔の暮らしなどを身近に感じてもらえたら」との思いが伝わってきました。その日作った茅束をいくつか使って修繕の様子も見せてもらい雨モードのこの日の作業は終了しましたが、私自身も遠い昔の暮らしを知りたくなって、帰ってから大塚遺跡について調べたのでした。

茅の説明をしてくれる橋口さん。細い茅1本1本が大きな屋根を構成しています。茅を1本抜いて見せてもらうと、外気にさらされている先端部分は色があせているけれど、内部に差し込んである部分は傷みもなくきれいなまま。サスティナブルが謳われて久しい現在ですが、身近にあるものを無駄なく使いまた土に還していく先人の知恵に感心します
傷んで茅が減っている箇所に茅束を差し込み、雁木(ガンギ)という道具を使って茅束を中に押し込んでいきます。折らないように優しく、雁木の重さを使って振り子のように腕を動かすのがコツ。いざやってみると、慣れない動作に力加減がなかなか難しい

文化財こそみんなの手で修繕を

翌月10月30日は職人さんを呼んでの作業。午後行ってみると、市民ボランティアが午前中修繕したところを中心に、仕上げ作業の最中でした。来ていたのは朝霧高原茅場の管理もしている、職人の杉嵜靖司さん。新しい茅束を叩き込み古い茅を引き出したりと全体を整えていくと、痩せ気味だった屋根がふっくらしていくのがわかります。

「竪穴住居の屋根は低く下がっていて、登らなくても作業できるから、危なくないんです。それに人が住んでいる家ではそんなことは言えないけれど、失敗したっていいんです。私が直しますから。ここは条件が整っているから、いろいろな人の手でぜひやってほしいと思っている」。杉嵜さんのひと言ひと言に、目から鱗が落ちる思いでした。市民の手で文化財に触れるどころか、修繕までしていいなんて!と驚いていましたが、もはや必然のような気がしてきます。

明るい色の部分が新たに足した茅。文化財を修繕するには文化庁へ現状変更の届け出をするなど手続きが必要なため、予め橋口さんら博物館側が対応した上で作業の準備をしているそうです(写真提供:横浜市歴史博物館)

作業をしていると、親子で遊びに来ていた小学生が興味を示し近づいてきました。この距離の近さが大塚遺跡の魅力です。「やってみるか、よく見ててごらん」と杉嵜さんに声をかけられ雁木で茅を叩き込む作業に挑戦します。「この体験がきっと彼の中に残ってくれると思う」と杉嵜さん。その後も何度も近づいてきては覗き込んだり真似をしてみたり。ちょっとした出来事ではありますが、実際に触れることで2,000年前にここで暮らした人たちと今を生きる彼が交わるきっかけになったことでしょう。

「なんか赤いのがある」「植物なんだけど、切り口が赤いこともあるんだよ」。手を動かしたからこその気付きもあり、自然とやり取りが生まれます

活動に参加していた方々からは「体を動かして気持ちがいい」「子どもの頃に茅葺き屋根の家に住んでいた記憶があって懐かしい」「文化財に興味があるから」などそれぞれ感想や参加理由をうかがうことができ、横須賀や東京の大田区など遠方から来ている方も多くいました。このプロジェクトが管理側の入念な段取りのもと、文化財が市民に開かれ手を入れることができる貴重な場であることがわかります。

コロナ禍に見舞われ思うようには活動ができなくなってしまいましたが、「仕事ではないから無理はせずに、やれるときにやれる人たちで直していく。そうやってとにかく細く長く続けられれば」と橋口さん。理想的には「いつでも好きなときに来て、気になるところを直して欲しいくらい」と静かな熱が入ります。

文化財の修繕と聞くと身構えてしまいそうですが、ここには、市民の財産を市民の手で維持していくとても自然な姿がありました。

横浜市歴史博物館では資料を展示・紹介する場としての博物館の枠組みを超え、「かやぶき屋根プロジェクト」の他にも古文書を読み解いたり弥生時代の土器を再現して煮炊きをしたりと、市民共働での研究や取り組みを多数行っています。昔の暮らしぶりを実際に体感することで、今の私たちの暮らしと地続きであることを実感できます。ぜひ一度、足を運んでみてはいかがでしょうか。

横浜市歴史博物館の橋口さん(右)と「富士かやぶき建築 茅吉」の茅葺き職人・杉嵜さん(左)。笑いを交えて和気あいあいと作業する姿が印象的でした

information

横浜市歴史博物館

横浜市都筑区中川中央1-18-1
TEL 045-912-7777
FAX 045-912-7781
https://www.rekihaku.city.yokohama.jp

かやぶき屋根プロジェクト活動ガイドブック「かやぶき屋根プロジェクト」って何? 発行日 令和2年2月29日

https://www.rekihaku.city.yokohama.jp/files/8115/8355/7546/kayabuki_pamph_m.pdf

「かやぶき屋根プロジェクト」シンポジウム『「かや」の活用とこれから』動画配信(2021 年2月収録)

https://www.rekihaku.city.yokohama.jp/news/kayasimpo2021/

大塚・歳勝土遺跡公園

横浜市都筑区中川中央1-18-1
https://www.rekihaku.city.yokohama.jp/koudou/see/iseki_kouen/

この記事を書いた人

渡辺絵梨 森ノオト ライター
青葉区在住、5歳と0歳の2児の母で建築士。

よこはま縁むすび講中

http://yokohama-enmusubi.jp/

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